私は、昼から「食と緑と水の打ち合わせ会」に出席していたので、直接作業をすることは出来なかったのですが、夕方「鯨墓」周辺で通い中学校の生徒がペンキ塗りを実施していましたので、少しばかり塗りました。意外に難しい作業です。
鹿児島県からお越しのお客様に勧めたところ喜んで塗られていました。
地域の人々と生徒が共に「故郷の文化」を共同作業することのすばらしさは、きっと将来深い思い出になると思っています。地域に学校がなくなるという事は、文化の継承者がいなくなることを意味します。「通中学校」の存在は、通浦にとって非常に大きな存在です。
7月21日の「鯨祭り」のトリは通中学校の生徒が唄う「鯨唄」にあるのですから、何時までも「通中学校」が存在して欲しいと思います。

(鹿児島県からお越しのお客様に記念にどうぞと勧めました)

(先輩達!何をしているのですか?)

鹿児島からお越しのお客様は帰りましたが、後輩達は楽しそうに眺めていました。

(作業が済んだ先輩達が見ています・先生も一緒です)

(最後の仕上げです)
梅雨の中、お天道は雨まで味方してペンキ塗りの絶好日和でした。
通浦の「鯨絵のマンホールの蓋」は361枚あります。平成18年6月1日のブログで掲載しています。
みすゞさんの詩
うらない
夕やけ、
小やけ、
赤い草履
飛ばそ。
赤い草履
裏だ、
も一度
飛ばそ。
表
出るまで、
何べんでも
飛ばそ。
夕やけ、
小やけ、
雲まで
飛ばそ。
(詩はJULA出版局より)
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http://kayoikujira.seesaa.net/article/18674965.html
361枚、その時からちゃあんと調べてあったですね。(余計な話ですが)数合わせにあと4枚ほど追加してもらえると覚え易いのですが(笑)。しかし長門市のメインカラーのブルーが効いています。
七夕、残念ながら(うちのほうでは)夕方まで1つみえてた星が雲に隠れてしまいました。
私も少しばかり描きましたが、以外に難しいものです。
中学生の生徒にとって、このような作業を通じで自分達の故郷をいつの日か、懐かしい思い出になると思います。
やはり、地域には学校が絶対に必要です。住む人が少なくなれば、なるほど地域とのふれあいが大切な心の教育になると思っています。