大野孝晴窯元に久しぶりに訪ねました。窯元の周りには曼珠沙華(ひがんばな)が咲き、本格的な秋の訪れを告げています。
草取りと、草が生えないように黒のシートを敷きました。作業中に故大野孝晴さんが亡くなって11月10日で10年の歳月が経過することを思い出しました。
私が、始めて長門郵便局長に着任したときに、同級生で友人であった孝晴さんと萩焼の権威者である恩師の河野良輔先生宅に伺い、郵便局は文化事業です。ぜひ郵便局で郷土の伝統文化である萩焼展を開催したいので、ご指導と協力をお願いにしました。
河野先生は、夏の暑い日に私を連れて、萩焼作家の先生方に協力をお願いしてくれました。
第1回の「郷土の誇る伝統文化」をシリーズで萩焼展を開催しました。平成5年9月16日から29日まで長門郵便局で開催されました。
大野孝晴さんは、過去の入賞作品を全て展示して大反響でした。7年間の局長生活の出発点でした。6回の萩焼シリーズでテレビ、新聞、ラジオ等で100回以上の掲載等取り上げていただきました。
私にとって、故大野孝晴さんはかけがえのない友人であり、恩人です。平成9年56才の若さで亡くなりました。非常にショックでした。有望な萩焼作家でしたので、悔しい思いをしました。
こうやって妻と大野さんためにお手伝いできる事が嬉しいのです。夕食後久しぶりに平成5年時代の資料を出して、過去を振り返りました。

(久しぶりに訪ねた大野孝治窯に曼珠沙華が咲いていました)

(大野孝治窯元)

(大野孝治窯)

(大野孝治作業所)

(お手伝いした作業)

(平成5年9月長門郵便局で開催した萩焼展)

(大野孝晴さんの作品)

(故大野孝晴さん)

(大野孝晴夫妻)

(大野孝晴展に見学された前藤田市長さんと大野孝晴夫妻と私)

(当時の新聞記事)

(故大野孝晴を偲んで)
クリスマス愛のメッセージソン
二百字の こころ
萩焼の炎 子に託した友の執念
君の三回忌法要の挨拶をした長男は入社した動機を、父の不治の病との関連を淡々とした言葉で語り、今春大学を卒業した者のと思えない程のすばらしい感動を我々に伝えたよ。
君は還暦になって年齢の深みのある茶陶の作品に本格的に取り組みたいと熱望したが、不治の病を悟り、高熱の体にもかかわらず長男に萩焼の炎の音を伝えた。期するところがあったのだろう。長男が炎の音を作り出す時は力になると命日の墓前で静かに誓った。
平成11年12月15日読売新聞より
みすゞさんの詩
曼珠沙華(ひがんばな)
村のまつりは
夏のころ、
ひるまも花火を
たきました。
秋のまつりは
となり村、
日傘のつづく
裏みちに、
地面(じべた)のしたに
棲むひとが、
線香花火を
たきました。
あかい
あかい
曼珠沙華(ひがんばな)
(詩はJULA出版局より)
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焼き物にはあまり無縁な私ですが、長門の萩焼をほんの少し勉強出来ました。
さて、そろそろ・・かな?と思っていた彼岸花でした。お彼岸という事で、いよいよ登場しましたね。まあ、長門でもあちこちに咲いてるとは思いますが、みすゞさんの通学路とか(それ以外でも)、咲いてる場所があれば、またお教え下さい。もう長門の田んぼも、刈り取りの時期でしょうか。
湯本のの三ツ瀬の萩焼は、素敵な場所で電線がなければ、江戸時代にタイムスリップしたような所です。
青蓮が終われば、長門の文化の一つ、萩焼をシリーズで掲載したいと思います。
彼岸花については、みすゞさんの通路に咲いているか不明ですが、休みの日に歩いてみたいです、。