長門歴史探訪(NO.1)
東行庵三世 谷 玉仙庵主を偲ぶ(NO.1)
平成20年11月11日(火曜日)快晴。秋晴れのもと、「長門郷土文化研究会」の恒例「歴史探訪」に下関市に行きました。
東行庵→忌宮神社→功山寺→長府毛利邸→乃木神社を見学しました。
私にとって、下関は郵政生活41年勤務した中で、大切な節目の勤務地でした。
○ 昭和47年4月1日 長府郵便局郵便課主任を命ぜられる。
九州郵政研修所「高等部第二科訓練」第1期生として終了し、中国地方で始めて他局任用として赴任し、2年間勤務しました。想い出がたくさん詰まった勤務地でした。
○昭和57年6月14日 小月郵便局局長代理を命ぜられる。
東京の郵政大学校専門部を終了し、初めての管理者で勤務した局です。当時特定局の吉田郵便局と小月郵便局が統合し、普通郵便局としてスタートした年でした。当時特定郵便局であった小月郵便局は労使関係が非常に厳しく、歴代局長は普通郵便局長が発令する状況でした。
全てがゼロからスタートするという状況で、吉田町の東行庵三世 谷 玉仙様には大変お世話になった地です。
○昭和61年7月25日 下関郵便局第二集配課長を命ぜられる。
九州郵政研修所高等部第二科訓練の教官から、1年間赴任した勤務地です。
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(東行庵―懐かしい場所です)
小月郵便局時代、谷 玉仙庵主さんから電話がかかれば、数えることが出来ないほど幾度もう伺った場所です。シリーズで掲載していきたいと思います。
穏やかなお顔と温もりのお言葉は、今でも鮮やかに想い出します。谷玉仙庵主が遷化されたときは、岡山県で勤務していましたので全く知りませんでした。
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(東行庵三世中興春林玉仙大和尚の肖像画)
本日、東行庵資料館で説明された部屋には、谷 玉仙の肖像画が置かれていました。その姿を懐かしく拝見しました。

(東行庵 谷 玉仙庵主の写真)
『有情花人』―東行庵三世中興春林玉仙大和尚(瞬報社写真印刷株式会社発行)の本の写真からスキャンしました。
みすゞさんの詩
夕ぐれ
「夕焼小焼」
うたいやめ、
ふっとだまった私たち。
誰もかえろといわないが。
お家の灯がおもわれる、
おかずの匂いもおもわれる。
「かえろがなくからかァえろ。」
たれかひとこと言ったなら
みんなばらばらかえるのよ。
けれどももっと大声で
さわいでみたい気もするし、
草山、小山、日のくれは、
なぜかさみしい風がふく。
(詩はJULA出版局より)

