2008年11月12日

「長門歴史探訪」で下関に(NO.1)

長門歴史探訪(NO.1)






東行庵三世 谷 玉仙庵主を偲ぶ(NO.1)




 平成20年11月11日(火曜日)快晴。秋晴れのもと、「長門郷土文化研究会」の恒例「歴史探訪」に下関市に行きました。
 東行庵→忌宮神社→功山寺→長府毛利邸→乃木神社を見学しました。

 私にとって、下関は郵政生活41年勤務した中で、大切な節目の勤務地でした。

○ 昭和47年4月1日 長府郵便局郵便課主任を命ぜられる。
 
 九州郵政研修所「高等部第二科訓練」第1期生として終了し、中国地方で始めて他局任用として赴任し、2年間勤務しました。想い出がたくさん詰まった勤務地でした。

昭和57年6月14日 小月郵便局局長代理を命ぜられる。 
東京の郵政大学校専門部を終了し、初めての管理者で勤務した局です。当時特定局の吉田郵便局と小月郵便局が統合し、普通郵便局としてスタートした年でした。当時特定郵便局であった小月郵便局は労使関係が非常に厳しく、歴代局長は普通郵便局長が発令する状況でした。

 全てがゼロからスタートするという状況で、吉田町の東行庵三世  谷 玉仙様には大変お世話になった地です。

昭和61年7月25日 下関郵便局第二集配課長を命ぜられる。 

九州郵政研修所高等部第二科訓練の教官から、1年間赴任した勤務地です。


長門郷土文化研究会(20,11,11) 003.jpg

                  (東行庵―懐かしい場所です)

 小月郵便局時代、谷 玉仙庵主さんから電話がかかれば、数えることが出来ないほど幾度もう伺った場所です。シリーズで掲載していきたいと思います。

 穏やかなお顔と温もりのお言葉は、今でも鮮やかに想い出します。谷玉仙庵主が遷化されたときは、岡山県で勤務していましたので全く知りませんでした。



長門郷土文化研究会(20,11,11) 011.jpg

    (東行庵三世中興春林玉仙大和尚の肖像画)

 本日、東行庵資料館で説明された部屋には、谷 玉仙の肖像画が置かれていました。その姿を懐かしく拝見しました。


img774.jpg

        (東行庵 谷 玉仙庵主の写真)

 『有情花人』―東行庵三世中興春林玉仙大和尚(瞬報社写真印刷株式会社発行)の本の写真からスキャンしました。






                みすゞさんの詩






                夕ぐれ




                「夕焼小焼」
                うたいやめ、
                ふっとだまった私たち。

                誰もかえろといわないが。

                お家の灯がおもわれる、
                おかずの匂いもおもわれる。

                「かえろがなくからかァえろ。」
                たれかひとこと言ったなら
                みんなばらばらかえるのよ。

                けれどももっと大声で
                さわいでみたい気もするし、

                草山、小山、日のくれは、
                なぜかさみしい風がふく。





(詩はJULA出版局より)
posted by 館長 at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 仲間・友達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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